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東京地方裁判所 昭和45年(ワ)5441号 判決

原告

金子克

原告

金子美弥子

原告代理人

鈴木稔

被告

第三京王自動車株式会社

被告

愛宕運送株式会社

中村明

被告代理人

河野曄二

主文

一、被告らは各自、原告金子美弥子に対し七五万円およびうち七〇万円に対する昭和四五年六月一一日から支払済に至るまで年五分の割合による金員支払をせよ。

二、原告金子克の請求および原告金子美弥子のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用のうち、被告らと原告金子克との間に生じた部分は原告金子克の負担とし、被告らと原告金子美弥子との間に生じた部分はこれを三分し、その二を同原告の、その一を被告らの負担とする。

四、この判決は主文第一項に限り仮りに執行することができる。

事実

第一  請求の趣旨

一、被告らは各自原告らに対し各二三〇万円うち各二〇〇万円に対する昭和四五年六月一一日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

二、訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決および仮執行の宣言を求める。

第二  請求の趣旨に対する答弁

一、原告らの請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決を求める。

第三  請求原因

一、(事故の発生)

原告金子美弥子は、次の交通事故によつて傷害を受けた。

(一)発生時 昭和四五年二月一八日午後二時五分頃

(二)発生地 東京都板橋区常盤台一丁目二七番地先交差点

(三)加害車 営業用普通自動車(練馬五け五九〇〇)

運転者 訴外北山忠

加害車 貨物自動車(品川四う三一五八号)

運転者 訴外提栄

(四)被害者 原告美弥子(右乗用車後部座席に客として同乗中)

(五)態様 右乗用車と貨物自動車が右交差点で出合頭に衝突し、原告美弥子が後記のとおり負傷した。

二、(責任原因)

被告第三京王自動車株式会社は右タクシーを業務用に使用し、被告愛宕運送株式会社は右トラックを保有し、いずれも自己のために運行の用に供していたものであるから、各自自賠法三条により、原告らの後記損害を賠償すべき責任がある。

三、(損害)

原告金子克と原告金子美弥子とは昭和四二年三月結婚して以来夫婦であり、昭和四四年五月二四日長男純二をもうけ、平穏な家庭生活を営んでおり、事故当時原告美弥子は妊娠六ケ月余りであつた。ところが同原告は前記事故により左肘部打撲及び擦過創等の傷害を受け、岡田病院に通院したが、昭和四五年二月二三日胎児に異常を感じたので安藤医院に通院し診断を受けた。しかし、胎児の状態は次第に悪化し同年三月九日同院において妊娠七ケ月初期の女児を死産した。その後五日間入院した上、同月一三日に退院し、以後四日通院して漸く快方に向つた。

右の死産は本件事故を原因とするものであり、これにより、原告らは長女にも等しい精神的打撃、苦痛を味わつたので、これを慰藉するには少なくとも各二〇〇万円が相当である。

さらに、原告らは被告らに任意支払を求めたがこれに応じないため、本訴提起を原告ら訴訟代理人に委任し各三〇万円の手数料および謝金を支払う義務を負つた。

よつて被告らは各自原告らに対し、各二三〇万円およびうち二〇〇万円に対する訴状送達の日の翌日である昭和四五年六月一一日から支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(被告ら)

一、原告ら主張一、二の事実を認める。同三の事実中本件事故と流産の因果関係は不知、慰藉料の額、弁護士費用額は否認する。その余の事実は認める。

第四 証拠関係〈略〉

理由

一事故発生および責任原因については当事者間に争いがない。

二そこで次に事故と原告美弥子の流産との因果関係について判断する。

〈証拠〉によると、同原告は衝突時妊娠六ケ月余であつたところ、衝突直前右手で子供をかかえ込み、左手で前部坐席の背もたれを掴んで右の方を向いてうずくまるような状態で衝突にそなえたが、衝突の衝撃はかなり強く左手を負傷し、かつ妊娠中の腹部に圧迫が加わつたこと、同原告は事故日には特段腹部に異常を感じなかつたが、翌二月一九日の夜、性器より出血したので、近くの藤森医院に行き、診察を受け、医師からお腹が張つているし胎児が少し下におりているから安静にしているように言われたこと、腹部の痛みはその後も続いたので二月二三日に知人に紹介された安藤医院に行き、治療を受けたが、その効なく三月四日頃には胎児の心音も聞えなくなり、三月九日同医院に早期破水で入院し、掻把術を行つて胎児(女)を娩出(死産)させたこと、事故前同原告は健康体であり、妊娠後、早産ないし流産のおそれはなく、このため産婦人科には通つたことがないこと、

同原告の治療にあたつた安藤千秋医師は死産の原因は本件交通事故であると診断していること、の各事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

そうすると、他に流産の原因となりうる諸要因を認める証拠のない本件にあつては、原告美弥子の流産の原因は本件事故によるものと言わざるを得ない。

三次に原告らの損害について判断する。

原告美弥子は、本件事故で前記流産の巳むなきに至り、既に妊娠七ケ月に至つていた胎児を失つたほか、〈証拠〉から明らかなとおり、左肘部打撲・擦過創の傷害を負つたことが認められる。

よつてその他諸般の事情を考慮すると原告美弥子の受けた精神的、肉体的苦痛に対する慰藉料は七〇万円をもつて相当と認める。

なお、原告金子克は原告美弥子の夫であることは当事者間に争いないが、民法七一一条に照らし、妻が流産したからといつて慰藉料請求権を有するに至るものではない。

よつて同原告の本訴請求は理由がない。

原告美弥子が本件訴訟追行を原告ら訴訟代理人に委任したことは記録上明らかであり、その他本件証拠の蒐集、被告らの抗争の程度その他諸般の事情を考慮すると、被告らに請求しうる弁護士費用は五万円が相当である。

四よつて原告美弥子が原告ら各自に対し七五万円およびうち七〇万円について訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和四五年六月一一日から支払済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は理由があるので認容し、その余の請求、および原告克の本訴請求は理由がないので棄却することとし、訴訟費用については民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言については同法一九六条にしたがい、主文のとおり判決する。(坂井芳雄 小長光馨一 佐々木一彦)

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